『風神の手』

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彼/彼女らの人生は重なり、つながる。
隠された“因果律(めぐりあわせ)”の鍵を握るのは、一体誰なのか──

遺影専門の写真館「鏡影館」がある街を舞台にした、朝日新聞連載の「口笛鳥」を含む長編小説。読み進めるごとに出来事の〈意味〉が反転しながらつながっていき、数十年の歳月が流れていく──。道尾秀介にしか描けない世界観の傑作ミステリー。/朝日新聞出版

ささいな嘘が、女子高校生と若き漁師の運命を変える――心中花
まめ&でっかち、小学5年生の2人が遭遇した“事件”――口笛鳥
死を前にして、老女は自らの“罪”を打ち明ける――無常風
各章の登場人物たちが、意外なかたちで集う――待宵月

『風神の手』にまつわる不思議な話

『風神の手』と、既刊本『ソロモンの犬』、そして、芥川賞作家であり僧侶でもある玄侑宗久さんの長編小説『竹林精舎』とのあいだには、なんとも不思議なつながりがあります。

事のはじまりは2011年3月。
湯島天神の境内で、だしぬけに玄侑さんがこんなことを言いました。
「『ソロモンの犬』の登場人物たちのその後を、まったく別な環境のなかで書いてみたいんですけど、……いいですかね」
僕は長年、玄侑さんの大ファンで、もちろん著書はすべて拝読していましたし、ノート片手に講演を聴きに行ったり、サイン会の行列に並んだりもしていました。ある編集者が最初にご本人と引き合わせてくれたのも、池袋で開催された講演会のあとでした。その際のご挨拶をきっかけに、玄侑さんは僕の著書に興味を持ってくれ、なんと既刊本を全部読んでくれて、個人的にメールや手紙のやりとりなどもさせていただくようになり、僕が直木賞を取ったときに、お祝いをしてくれるということで、湯島天神で待ち合わせたのです。
そこで、上に書いた、嘘みたいな言葉を聞かされたわけでした。
僕はアワアワし、みっともなくうろたえ、でも最終的にはぶんぶん首を振って、「そんなに光栄なことはありません」と答えました。すると玄侑さんは、「約束」という言葉を使って、その物語を完成させることを、僕に請け負ってくれました。
そして、さらに驚いたことに、笑いながらこんな言葉を付け加えたのでありました。
「じつはもう、書きはじめちゃってるんですよ」
その夜は興奮して、ぜんぜん眠れなかったのを憶えています。

その三日後に東日本大震災が起きました。
玄侑さんは福島県三春町にある大きなお寺、福聚寺の住職です。震災後は復興支援に奔走し、檀家さんのケアもせねばならず、書きはじめていた『ソロモンの犬』の続編は物語が停まったまま時間が過ぎました。
それからしばらく、僕の『光媒の花』の文庫解説を玄侑さんに書いてもらったり、同じ時期に刊行された玄侑さんの『四雁川流景』に僕が解説を書いたりと、仕事でご一緒しながら、ときおり玄侑さんは『ソロモンの犬』の続編の経過報告をしてくれました。あれだけの大きな災害が起き、その中心部で暮らしているというのに、それでもまだ約束にこだわってくれていることに僕は驚きつつ、この上なくありがたく思いました。

それから数年が経ちました。
何の前触れもなく玄侑さんからのメールが届いたのは、2017年8月6日のことでした。『ソロモンの犬の』続編がとうとう完成し、『竹林精舎』というタイトルで刊行されることになったという連絡でした。はっきりいって僕は腰が抜け、ひと晩中ずっと抜けたままで、翌日ようやく我に返ったあと、まだ全身がシビれたような感覚の中、Twitterにこんなことを書きました。




本心からの言葉でした。
いっぽう、僕の仕事はというと、そのしばらく前から『風神の手』に取りかかっているところでした。
この小説、じつは『ソロモンの犬』の間宮先生が登場します。大好きなキャラクターなので、もう一度会いたかったという、ごく個人的な理由から登場してもらった次第ですが、もしかしたら震災によって時間が停まってしまった物語の一部を、自分の手で進めてみたいという気持ちがあったのかもしれません。
玄侑さんからの長いメールを読み進めていくと、『竹林精舎』にも、やはり間宮先生が登場するとのこと。
しかも——その『竹林精舎』は『風神の手』と同じ朝日新聞出版から刊行されるとのこと。
しかもしかも——版元によると発売日まで同じ1月4日とのこと。
しかもしかもしかも——『竹林精舎』と『風神の手』は、どうやら共通したテーマを描いている模様。
しかもしかもしかもしかも——戌年。
しかもしかもしかもしかもしかも——朝日新聞出版は記念すべき創立10周年。

『竹林精舎』と『風神の手』、それぞれの担当編集者は、それまで互いのやっている仕事を把握しておらず、これらすべて、まったくの偶然でした。こんな奇跡のような偶然を放っておけるはずもなく、この2冊は「朝日新聞出版10周年記念作品」として刊行されることになりました。





『竹林精舎』を読み終えたとき、「ああ、生きてる」と思いました。
作家のくせに上手く表現できなくて申し訳ないのですが、とにかく、自分が確かに生きているということを心の真っ芯から感じさせてくれる体験でした。
現実というものの不思議さ、奇妙さ、面白さを、こうして心底から味わわされたいま、フィクションを書くことにいっそうの情熱をおぼえています。こんなにスゴい現実を超える物語を書かなければいけないのだから、気合いも入るというものです。

というわけで、どうか今後も著書を楽しみにしていてください。
読者の皆様が運んでくれた偶然です。必ず恩返しいたします。

お読みいただき、ありがとうございました。

2018年1月 道尾秀介